海外の母の日Mothers’ Day ルーツはどこに?

母の日Mothers’ Day、フランスの場合では、5月最後の日曜日ということです。

しかし、キリスト教の精霊降臨の主日(Pentecôt)が同じ日曜日の年には、6月の第1日曜日が母の日Mothers’ Dayということになります。

フランスにおいて母を思う

日本人だけでなく、世界じゅうに母の日Mothers’ Dayはあり、お母さんに感謝する気持ちは同じみたいです。

日本の場合、母の日「Mothers’ Day」ですが、フランスでは、「Fête des Mères(お母さんの祭日)」という言い方をします。

フランスの母の日「Fête des Mères(母親の祭日)」でも、いろいろお母さんに対してプレゼントを考えたりしますが、日本人のようにカーネーションに対してそれ程執着する様子はありません。

日本人の方々も、そのような意味ではカーネーションのお花だけに縛られないで、もっといろいろなプレゼントについて考えるといいかもしれないですよね。

母の日Mothers’ Dayは、日本人の方々にとってももっと自由性の高いイベントです。

母の日Mothers’ Dayはもっと昔から

母の日Mothers’ Dayのルーツを探れば、母の日Mothers’ Dayはもっと古く、古代ギリシャにも、ローマ帝国時代にも、多産の女神キュベリアや、ゼウスの母レアを祝う習慣はあったといいます。

しかし、ここにキリスト教が浸透することになり、そのような習慣はあまり長く続かなかったともいいます。

16世紀になれば、イギリスにおいて復活祭の前日までの日曜日を除いた40日間のはじまりの日曜を、Mothering Sundayとして祝っていました。

のち、Mothering Sundayは、春になってからの4度目の日曜日となります。

イギリスにおいての母の日Mothering Sundayは、裕福な家庭に奉公に出ているお母さんたちが、家族と平和に過ごすことが出来る唯一の里帰りの日です。

彼女たちにとって、Mothering Sundayはとても大きな意味を持っています。

日本人のルーツとしての母の日Mothers’ Day

私達、日本人の母の日のルーツは、アメリカの反戦運動から生まれたと言っていいでしょう。

Julia Ward Howeという人物が、19世紀末に誕生させたものだと言われています。

Julia Ward Howeは、「リパブリック賛歌」の作曲した人物でもあり、奴隷制度の廃止論者でもあり平和活動家でもあります。

母の日Mothers’ Dayは、ここではまさに女性たちの反戦運動の意味を持ちます。

もちろん、戦争が起きている国において、母の日Mothers’ Dayを真剣に祝う余裕もなく、家族同士もバラバラにいつ引き裂かれてしまうかもしれません。

まずは、戦争をやめなければ、本当の意味での母と子の繋がりなど実現するはずはありません。

アンナ・ジャーヴィスの母親の二回目の命日が「5月の第2日曜日」

更に現在の母の日Mothers’ Dayを実際に具体化したのは、アメリカのアンナ・ジャーヴィス(Anna Jarvis)だと言われています。

アメリカのアンナ・ジャーヴィス(Anna Jarvis)の母親の二回目の命日、それが、「5月の第2日曜日」でした。 そのとき、彼女がお母さんに捧げたものが、白いカーネーションだったのです。